結果?それとも…


皆様、お久しぶりです。
今回のどうでもいい話は、最近思うことを雑多に書いていこうと思います。
ほんとまとまってないので読みにくいと思いますがご容赦ください。



何を目的にボルダリングをしているのか?

ここでいうボルダリングは、ジムでの「インドアクライミング」ではなく「岩登り」のことです。


目的なんてボルダラーの数だけあるのでしょう。

「高いグレードを登れるようになりたい」と願うのも素敵なことですし、他にも挙げればキリがないほど、人それぞれの目的があるはずです。


では、自分は何を目的に岩を登るのか。

上手く言えないのですが、「岩を登る過程そのものを楽しむ」ために登っている気がします。

私にとって「岩を登る」という行為の重みは、世間でいう「完登」にあるのではなく、その登攀行為それ自体に宿っている。完登はあくまでその先に付いてくる「結果」に過ぎないと思っています。


だからこそ、ボルダリングは純粋なスポーツという枠だけには収まらない、もっと形而上学的で知的な意味が含まれた営みだと感じています。

日々岩を開拓するなかで、その岩からしか得られない情報を手探りで読み解いていく。

そんな登攀の時間は、私にとって贅沢の極みです。

人それぞれ抱いている目的があり、そのために岩を登っているはずです。

そして、当たり前のことですが、人はつい目に見える結果をすぐに求めてしまいがちです。

けれど、「すぐに結果を求める」ということは、ある意味で大切な問題を先延ばしにしている、と言えるのかもしれません。

自分は何がしたいのか。何を目的にしているのか。

自分自身の目的と向き合った結果、もし「すぐに結果を出すこと」が何より重要なのであれば、それはそれで一つの形でしょう。

けれど、もしそうでなければ、ただ承認欲求を満たそうとしているだけで、自分自身の目的を深めるための歩みは止まってしまっているかもしれない。そう思うのです。


効率や成果ばかりが求められる世の中で、岩と対峙する時間は、唯一そこから自由になれる場所なのかもしれません。

効率化できないものにこそ、本当の価値がある。

答えを急がず、ただ岩との対話を静かに積み重ねていく。

そんな贅沢な時間こそが、私自身の「ボルダリング」だと、そう思います。


乱筆乱文にて失礼いたしました。

以上、どうでもいい話?でした笑

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